自己紹介します② ~就職から結婚、出産まで~

お気づきかと思いますが、私は子どもの頃から太っていました。

一学年には一人いるだいぶ目立った巨漢です。

 

小学校の時から一年で10キロずつ太っていき、

わあ~、ヤバイ! こりゃ100キロ行っちゃう…と思った19歳。

結婚できない、彼氏すらできない、と焦り、

やっと神が降りてきてダイエット開始。

 

 

自分の中のルールとして、水曜日だけは何を食べてもいい日と決めていました。

それ以外は、朝は普通に食べ、お昼はおにぎり、夜は野菜などを食べ、筋トレなどもして過ごしました。

バイトへ行くと店長が気を利かせていつもジュースをくれたのですが、

それを飲むことも自分の中では許さず、こっそり流しに捨てていました。ごめんなさい。

 

 

ケーキや甘いものを食べたいときには、それを朝に回して食べていたので、

あまりストレスなくダイエットできたと思います。

 

そんな生活を数か月して、そろそろ就職先を決める時がやってきました。

学校にも病院や個人医院、歯医者さんなどから求人があり、

私は子どもの頃からかかっていた耳鼻科へと就職します。

 

 

 

そこでの仕事は、看護助手兼事務。

その頃は電子カルテなんてハイテクなものはなく、すべて手計算。

検査の点数やお薬一錠の点数もです。

 

お薬も院外処方はあまり普及していなかったので、院内処方。

 

事務も看護師も同じ白衣を着ていたのですが、もし就職前にダイエットをしていなかったら

着れていなかったかも。

 

当時はあまり耳鼻科もなく、それはそれは混んで仕方のない程のお医者さんでした。

でもその忙しさにとてもやりがいを感じていて、スタッフも仲良く一緒に出掛けることも多かったです。

 

出かけることが増えたのは少し痩せてから。

それまでは友達に合コンやら何かの集まりなど誘われても絶対行かず、男性がいるところはすべて断っていました。

なぜなら、やっぱり自分の容姿に自信が持てなかったから。

恥ずかしい…自分のことをコソコソ悪く言ってるんだ…と被害妄想の酷い子だったと思います。

 

 

この頃から、ダイエットにも拍車がかかり、友達からのお誘いにも乗れることが増え、

これまでとは打って変わって楽しい毎日を過ごします。

 

もっと痩せたい!もっと綺麗になりたい!とエステに通ったのもこの頃です。

巨漢だった時にはエステになんて行かず、多少自身がついてから行くんですよね。不思議。

 

美容にも目覚め、色んな化粧品やサプリなど、働いたお金はこれらと洋服にかけてました。

 

 

学生時代にはされなかったチヤホヤを経験し、いつものように職場の子に誘われ合コンへ。

 

いつもは居酒屋からのカラオケが定番でしたが、その日はなぜかいきなりカラオケ。

 

なんの面白みも無い、酔いもしない、ただ歌うだけの会。

これは次は無いな…と思ったそこにいた人が、

次は居酒屋からスタートしよう!とまた飲み会を仕掛けてきました。

今度は違うメンバーが来てくれるんだろうな?とワクワクしていったのに、

また同じメンバ―。

 

はぁ~。

なんなら前回感じ悪い人居たし。

うゎ、また来てる…と思った人が今の主人です。

 

向こうも私のことを、何かすかしてる女だな、と思っていたらしいので

第一印象はお互いマイナスからでした。

 

その2回目の飲み会がきっかけで付き合いだしました。

 

結婚しようと決めたのは付き合ってから半年くらい。

結婚式までは約4年。2001年12月に太田市にて。

ブライダルエステにも通いました。

 

この時が一番痩せてて理想的だったので、もしタイムマシーンで過去に行けるなら

絶対この時です!!!

 

 

↑これもセピア色だよ!

 

 

私の理想は26歳くらいで結婚し20代のうちに2人子どもが生みたかったのですが、

実際は28歳。

 

夫は29歳。

 

まだ私も仕事を続けていたのですぐには新婚旅行には行けず、

半年たってイタリアへ。

 

 

 

イタリアは私の希望。夫はエジプトに行きたかったらしい。

イタリアではブランド品のバッグを買い、美味しいパスタとジェラートを食べ、

有名どころの観光地はすべて行きました。

 

 

 

イタリアで買った謎のお土産。

部屋に飾ってあるので探してみてください。

 

新婚旅行から帰ってきてすぐ第一子を妊娠。

約10年勤めてきた耳鼻科を妊娠6か月経った時に辞めました。

 

 

あまり太ってはいけないのに、なんと17キロも増加!!

先生にも怒られました。

 

予定日2日前で破水。

即入院。

陣痛はこの世のものとは思えないくらい痛く、早く生まれないかな?とヒーヒー言っていたのに、

今日中には生まれないわね。明日の朝よ、と残念な答えが。

 

 

死ぬ思いをして翌朝、2003年4月、無事に息子が生まれてきてくれました。

 

 

よく、出産が感動し過ぎて、陣痛の痛みなんて産んだらすぐ忘れる、

というのを聞いたことがありますが、

私は全く忘れなかった。

やっとやっと生まれてくれた!

もうやだーーーーー!!!と。。。

それぐらい出産は凄まじいです。

 

息子は母乳しか飲まず、一切粉ミルクなどは飲みませんでした。

食も細く、他の子がバナナ一本とかおにぎりとかをペロリ食べている中、

息子は2歳までおっぱいをしゃぶり、ご飯もあまり食べませんでした。

もうその頃になると母乳も栄養的なものはなにも無いらしいですね。

 

 

あんなに陣痛が痛かったのに、2年経っても忘れることもなかったのに、

やはり子供はもう一人欲しい。

 

ということで、2人目を考えます。

 

そして妊娠。

 

今度は体重に気を付けて、といってもしっかり10キロ太って、

今度は予定日を過ぎます。

 

促進剤打ってもらい、2006年6月、娘を出産。

 

 

2度目も痛かったけれど、一人目に比べたら呼吸の仕方も分かっていたので少し楽でした。

 

 

息子の断乳が大変だったので娘はもっと早めに、

1歳までには断乳するぞ!と決めていたのに、

結局娘も2歳まで吸わせてしまいました。

 

 

私の理想、20代で2人出産!は叶わなかったけれど、

29歳で息子、32歳で娘を授かり、

息子が小学校、娘が幼稚園に入るまで太田市で過ごします。

 

 

その後、主人の育った町、邑楽町へ。

 

 

続く…..