私が過保護になってしまった理由。

お盆にお墓参りに行ってきました。

4歳で亡くなった私の兄と、
15年前に亡くなった父のです。

私には2つ上に兄がいました。

4歳で病気で亡くなり、
私はその時2歳でしたので、
ほとんど記憶にありません。

その後、
4年経って弟が生まれたので、
私は普通に姉として生き、

幼い頃の写真を見て、
あー、お兄ちゃんがいたんだなー、くらいに
思って生活していました。

自分が結婚して、
最初に息子が生まれました。

日に日に大きくなるにつれて、

『4歳の我が子を亡くした親の気持ち』

というものが、まるで自分のことのように
思ってきてしまってならなかったのです。

今、この子が死んでしまったらどうしよう…
そしたらこの先自分は生きていけるのかな?
こんな可愛い状態で突然居なくなって、
両親は冷静でいられたのかな?

と、毎日考えていました。

なので、
夜中に熱が出ればすぐに夜間病院へ連れて行ったし、
危ないことや汚いことはなるべくやらせないようにしてきました。

一歳半の時、肺炎で入院し、
10歳の時にも重度の肺炎になった時には、
まさに、死んでしまったらどうしよう…と
生きた心地がしなかったです。

10歳の時の肺炎は、
診断が遅かったので、
死んだら訴えてやる💢と思っていたくらい笑

私は姉として生活してきて、
下の弟が生まれたら、
親としては、弟は兄の生まれ変わりなので、

それはそれは、大事に大事に育てていました。

私は可愛がられてない…
何をやっても褒められない…

あからさまに母からの愛情が不平等であったので、

自分に子供が出来たら、
ぜーーーったい平等に愛す❗️
贔屓しない❗️と、
決めていました。

お姉ちゃんだから、と我慢することも当たり前だったので、

私に下の娘が生まれても、
息子のことはお兄ちゃんとは呼ばせないし、

娘が生まれてすぐも、
息子の前では、娘のことを
可愛い可愛いと言わないようにしました。
(上の子はヤキモチを焼くので)

小学校へ入学しても、
心配で心配で、2人の帰りはいつもお迎え🚗

まぁ田舎で人数も少なく、
歩いてくる方向にお友だちがいなかったせいもありますが、
歩かせて帰らせることはほとんどありませんでした。

魚も骨が刺さると怖いので、
うなぎやアジなど、
小骨があるものは食べさせませんでした🐟←今も🤣

野放しに育てている知り合いの方がいると、
凄いなー、たくましく育ってるなー、

と感心しますが、

同じようには育てられないので、
うちはうち、他所は他所、と、
割り切るようにしてます。

今では高3、中3にと大きくなり、
そこまで干渉することはありませんが、
息子には、ママって過保護だよね、と
言われて、どこが⁉️と、思いましたが、
当の本人が過保護と言うなら過保護だったのかな〜と😅

もう病気をすることも少なくなったので、
昔のような心配はないけれど、

私が子どもたちを心配してしまうのは、
兄の過去があったからです。

現在、下の娘は不登校です。

その原因は、
そんな私に原因があるのかな?と
悩んで悩んで悩みました。
今でも悩んでます。

でも、
お母さんのせいでは決してありません!と、
いろんな方に言っていただくので、
あまり自分を責めないではおりますが🤫

娘が自分で道を切り開いて、
やりたいことの応援をしていくのが
私の役目だと思っていますので、

これからも、見守りつつ、
助言が必要な時にはしつつ、

いつか、
昔はあーだったよね、と言える日が来ることを
願っております。